蒼い月は誰のものか。
水に映る月は近くとも、手を伸ばして届くわけではない。
けれど今宵は。

人魚に歌を習ったという男が深い声でどこのものとも知れぬメロディを口ずさみ、歌い手と同じ顔をした男は軽やかな足取りで歌に合わせて踊る。それは二人の言葉にならぬ会話であり遊びで、やがて興に乗った彼らは周囲にいる友人たちを優雅な仕草で誘う。

「行くぜ、シュラ、アフロ」

銀髪の男が陽気に笑い、二人の背を押して走り出す。それに続いて金茶色の髪の兄弟が走り出す。紫の髪の青年は土笛を取り出し、となりで瞳を閉ざした青年が素早くヴィーナの弦を巻いて音を合わせていく。

「アルデバラン、おぬしはドラムか。シオン、胡弓はやらんのか?」

「童虎よ、ならばおまえも昔教えてやった葦笛を吹いてもらおうか」

「昔すぎて忘れたのぅ」

赤い髪の青年が金の巻き毛の青年に手を引かれて酒を酌み交わして話す二人の横を抜け、踊りの輪に加わった。
月と、星の光が彼らを照らす。
皆の笑顔の絶えない宴だった。







────月夜の宴───




それはあり得ない記憶だ。

「ときどき、夢を見るんだ。カノンが歌って、皆が踊りや楽器で参加して……そんな機会はなかったはずなのに、とてもリアルに」

シュラは軽い冗談のついでで言ったのだが、次の瞬間デスマスクが無表情で立ち尽くしているのを見て手を伸ばした。

「どうした……?」

聖衣からのぞくうなじに手をかけると、男はびくりと震えて身をひいた。

「デスマスク?」

「いつか、そんな日が来るといいな」

全くこの男らしくない少年じみたセリフに目を瞠る。悪ガキのようなセリフは多々あるが、他意のない調子でそんなことを言われるとこちらが反応に困る。

「俺には見れない夢だぜ、まったく――」

ハッ、と短く乾いた声で嘲ってうつむく男。

「何にショックを受けているんだ、おまえは」

「別に」

デスマスクは聖衣を脱ぎ、ため息をついてベッドに腰かけた。明らかに何もないわけがないのだが、答える気はなさそうだ。

「デスマスク、今夜が一応準戦闘配備だというのはわかっているのか? 俺のところにいる気なら聖衣は脱ぐな」

「うるせぇ」

聞きわけのない子供のような声に、シュラも聖衣を脱いでとなりに座った。敵が来るとしても夜明けだという予測で、日が沈んだばかりの今はかなり時間がある。

「おまえまで聖衣脱いでどうしたよ……おカタイシュラさんよぅ」

「ごろつき調の悪態も聞き飽きたな。もっと他のリアクションを返してくれ。こちらもだれるだろうが」

機嫌の悪そうな険しい視線を向けていたデスマスクは、シュラの言葉を聞いて何を思ったか口許だけで笑ってこちらに身を乗り出してきた。伸びた腕が肩を抱きこむようにしてぐい、とシュラを後ろに倒す。

「……何がやりたいんだ?」

そのままベッドに倒れこんだシュラは、上にのしかかる男に平坦な口調で訊ねた。男の顔は笑っているが、目が笑っていない。

「セックス。おまえのすましたツラを歪ませて、ヒーヒー鳴かせてみたくなってよ」

目が……この男は、いつからこんな赤い色をしていたのか。昔は青みがかった色だったように思うのだが、それも夢の記憶なのか。
シュラは無言で相手の頬に手を伸ばして、瞳をのぞきこんだ。

「大人しく抱かれてくれる気かよ、ああ?」

「誰が」

シュラが頬から手を放すと、デスマスクはその手を掴んで掌に唇を押し付ける。
やわらかな感触と熱と、男の手の冷たさ。

「思いっきり抵抗しろよ、泣き喚くのもいいな。……それで、最後に俺のものになれ」

それで口説いているつもりだろうか。

「馬鹿が」

男の冷たい指先に口付けた。

「自分のことを誰かにほいほいやれるほど俺が器用だと思っているのか? デスマスク」

そうだな、と相手は笑ったようだった。
次の瞬間には強引にキスされ、吐息も正気も奪われた。




蟹座の聖闘士の真の力は封印され、アテナしか封印を解くことはできない。

「デスマスク、シャカ。あなたたちを最初に復活させた意味がわかりますね?」

アテナの言葉にシャカは無言で膝をついて頭を垂れ、そのとなりで男は女神を見据えた。

「あんたはいつも半端だ、アテナ。人であり神であり、女神であり女でない。平和を謳いながら戦い、人に委ねると言いながら自ら出てくる。人々を守る存在でありながら、人々を滅ぼしたいと思うゼウスの娘なんだ」

死者の声を聞き、失われた知識を持つ男は怨嗟というには淡々としすぎている声で言う。それは彼自身の言葉というよりも死者の代弁。

「だが人は人を、世界を愛することを止めず、アテナも我々を信じておられる」

シャカの静かな声に男は息をついて膝を折る。所詮神と人は違う。そこに共通の理解が生まれることはほとんどない。

「我々でヘカテを呼び出し、残りの黄金聖闘士たちを復活させよということですか」

「私が聖域に帰還するための戦いから今まで、関わった聖闘士たち全ての復活です」

かわりにポセイドンの封印を解き、カノンの身柄は海界と聖域の二重籍ということになってしまいましたが、と説明するアテナ。

「……地上海界冥界の三つの勢力が神話の時代以来の均衡を取り戻し、天上で眠りし神々、地下に封印された勢力にも動きがあります。私は結界を張ることに集中せねばならないので一人一人の魂を捜し復活させる余裕はないのです」

「了解しました」

禁断の力の封印が解かれた。死者を現世に呼び戻す、人には過ぎた力。





魔術の女神であり死者の声を聞くとされるヘカテはペルセフォネと同一視される。だがその属性は地母神ではあるが月にも近い。

「それで、集めた魂全てに肉体を与え復活させよというわけか。安らかになった者を強引に起こすなど、彼の女神はもしや人間が嫌いなのではないか? それに復活も今生は回数が多いの」

シャカの体を寄り代にして地上に現れたヘカテはやれやれと呟いて肩をすくめる。

「一人二人ならまだしもこう人数が多くてはの。そなたたちに払いきれる代価ではないわ。蟹座の聖闘士は大変よの。まだ前代の負債も我に対して払い終わっていないのに」

「そういう話は次の機会にしていただけますか。復活させられるのかさせられないのか答えてください」

「全ての神にかけあって時間を戻すことにしよう。何度も死んで復活してではハーデスあたりが怒るわ。そなたたちが誰一人死なず戦い続けるよう分岐点はそれ以外全て潰しておいてやろう。そうだな、代価は最も美しい思い出を」

「どういうことです?」

時の流れとは無限に枝分かれする道の中から一つを選んで歩いて行くようなもの、とヘカテは言う。

「選ばれなかった枝を含め、そなたたちができるだけ多く関わっている、共通して持つエピソードの中で一番美しいものを、呼び戻した魂に夢として与えよう。そなたら二人には明確な記憶として。だが今後、分岐点を潰した後ではそれは起こり得ないエピソードなのだ」

とても美しい光景を、ちらつかせておいて与えない、と。
それだけ人の生は、ランダムに選ばれていく未来は貴重なものなのだ。その重さを知るがいい、と。

「まぁわかっていないのはそなたたちより彼の女神だが。そなたたちの苦しみはやがて伝わり女神も気付くだろう。この契約でよいかの。勿論契約の記憶はそなたに残しておくが」

無言で頷くデスマスクの額につと白い指が触れる。

「では契約の印に、蒼い月をもらおう」

わかっているな、と薄れる意識の中で魔女が笑う。
神は人が愚かしくも必死に足掻く様を夢の間に間に楽しんでいる。時間を戻せるのもそなたたちの戦いがよい退屈しのぎになるからに他ならぬ。
戦って戦って、せいぜい我等を楽しませるがよい。





自分でも乱暴だと思うキスに、噛み付くように返される。まるで殺し合いのような緊迫感と興奮に大声で笑い出しそうになりながらデスマスクは黒髪を掴んで引き寄せ、強引なキスと甘噛みをくり返す。苦痛に耐えるように眉を寄せ潤んだ瞳を伏せる男はそのストイックな姿勢がかえってエロティックだとわかっていない。

「シュラ」

服を破るように引き剥がされて、シュラはわずかに顔を歪めたがデスマスクの背に腕を回して目を閉じる。と、次の瞬間ハラリと切り裂かれて上着が落ちた。

「いっしょに薄皮一枚切るつもりだったが失敗したな」

背を撫であげる愛撫は傷を確かめているのか。ふと開いた目はどこか恍惚として、深い色の瞳が魔物めいた眼光を放っている。

「薄皮? 首を叩き落とすんじゃなくて?」

あぁ、とシュラは熱くかすれた吐息をこぼす。

「殺すほど暇じゃない、軽く今の仕返しだ。
……でも殺したいほど愛しいときもあるな。おまえを切り刻んで血を浴びて、だんだん冷えていく体を抱いて俺はうっとりしながら嬉しくて泣くか笑うかするんだろう」
 
これでもう失うことはなくなる、と。

「後ろ向きな感情表現だな。どうよ? 今俺に惚れてるってストレートに言ってみるのは」

互いの肌をまさぐる手を止めて、一瞬見詰め合った。

「戯言(たわごと)を」

吐き捨てるように言う男の目から涙がこぼれ、デスマスクはわざと優しく涙を拭ってやった。案の定シュラは嫌そうに首をふって顔をそむける。赤くなった頬は羞恥か快楽か。

「もっと、見せろよ」

壊れる様を、乱れていく様を。
そうだ、相手の絶望とも狂気ともつかぬ感情は自分にもある。毅然とした戦士の姿を、陰を持ちながら呑まれることのない男の姿を尊いと思いながら、それが失われることも望んでいる。

「愛してるぜ」

愛と呼べるような感情ではないがあえてそう言った。相手は瞳を閉じて肩の力を抜く。

「……殺意を愛と呼ぶのか」

それもいいだろう、と呟いてシュラはデスマスクの頭を抱いて胸に引き寄せた。

「愛してくれ、デスマスク」

「いい声聞かせろよ」

ろくな準備をせずに強引に体を開かせ突き上げるとこの男のものとは思えない細い悲鳴が上がった。痛みに反射的に逃げようとする腰を捕えて強引に最後まで進める。
絶頂に合わせて、相手の声にならぬ叫びが聞こえた。





それはあり得ない記憶だ。だが自分は覚えている。
蒼い月の下で笑い合い、心を通わせた。

「ぐっすり寝てろ」

祈るように言う男は誰か。
夢を見ずに眠れ、と。失われた想いを追うのは自分だけでいい。
銀髪の男はベッドから離れ、窓辺に寄る。見上げる空の月は白く蒼ざめた色をしているが、あの日のような色ではない。

「クソ……ッ」

煙草に火を付け、窓際の壁にもたれてそのままずるずると座り込んだ。
相手のぬくもりだけは幻の記憶と変わらず。
どうしても、手放すことができなかった。





おわり




■儺火つう様よりコメント■
蟹山羊でハードなやおいを書こうとして失敗しました。
誰か私に文章力下さい(死)
蟹の別人っぷりが激しいです。
今までは描写がないから結果的にかっこ良く見えるというラインでしたが、
今回は蟹の中身が真面目というかシリアスすぎて書きながら何度も
「ありえんて、それって別人やから!」
とツッコんでました。 皆様はどこまでのライン許してくださるでしょうか。
感想お待ちしております。







■相変わらずヒムカイ★のコメント■
うわあ、真っ白に燃え尽きてるよ…(爆)
背景すみません。やはり手製は限界が…。
窓の位置おかしいのは自分が一番良くわかっているので
突っ込まないで上げ下さい。
本当はもっと上の位置だったのですが。
当のデスマスクが縮小の際潰れるという本末転倒が起きたためこんな感じに(泣笑)
しかも見づらいですね。精進です。
背景への未練がましい突っ込みは置いておいて。

蟹ーーーーーっ!!!(絶叫)
蟹がかっこよすぎですよ!
蟹のくせに!(ヒムカイ★にとってのデスに対する褒め言葉)
山羊ファンだというのに蟹に物凄いときめいています(馬鹿)
ここまで来ると、山羊に触りまくれる(爆)蟹が羨ましいと言うより
山羊が羨ましい…(本当に山羊ファンですか)
儺火様、これからかも素敵な蟹と山羊を是非お願い致します!
有難う御座いました!!




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